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煩悩。

即ち欲は、

想い描いてから時間が経つほどに
当初の想いとは変化をする。
思い続けるほどにむさぼりが生じ

純粋な想いとは違う感情へと
日に日に溢れ変化している事があるのですが。。。

欲深くなればなるほどに本人はそのことに気づかない。
気づけなければより一層想いは募り

想いと言うスタートから

叶うというゴールがまっすぐの道のままではいられないのだ。

 

時間が過ぎるほどに

でこぼことなったり、よじれたりと

複雑にしかならない。

道をストレートにするか、
複雑にするかも
本人の意思によって決められているのではあるが。。。

複雑にすればするほどゴールまでには時間がかかり、
それに慣れてしまえば
益々よじれ続けた意思の使い方がクセになってしまうのである。

その様なことになれば
世の中を
希望もてる人生を
自分への信頼を
神仏を

想うことすらも

疑う心で自分を取り巻いてしまうのである。

 

神仏を信じることは
自分自身を信じること。

自分自身を信じることは
意思決定を素直に出すと言うこと。

意思決定を素直に出せれば、
現実は自分の思い通りに動いていくのである。
だがしかし、
どんな状況であろうと
思い通りに人生は進んでいる。

 

煩悩が多いほどに
理想が強く、
理想以外の現状を目の当たりにするとき。
違うと言う者もいる。
それは結論が出る時間が経つほどに
理想は塗り替えられ高みを目指すことで
発端とは変わっている事に気がついていない。
最初に浮んだ欲求1つをすぐ叶えの繰り返しをするほどに
意思通りにことが動いていると人は認識するのだから。。。

叶えられない想いを重ねるのは
垢が増えていくのと同じ状態。
垢が増えすぎて本来状態が分からない。

こんなことになる前に

想いを素早く現実のものとする事を当たり前にしましょう。

 

アレれきたら

これがそろったら。。。

 

タラレバをいう。

 

これも一瞬で捻じ曲げられた想いである。

 

是非、

創造の世界で願いをとどめるのではなく

現実的に最短で想ったら願いを手に入れることに集中する。

こういったことに焦点を当て続けること。

そうすることで心願成就はいとも簡単に出来るようになるものなのです。